初七日まで完了

お通夜・告別式、完了

 

生前、父が言っていたお寺でのお通夜と告別式

 

 

 

 

母の意向で家族葬

お花は、父が勤めていた会社からのみ受け入れ

定年退社から31年経過してんのに、会長とCEOから弔電も来た

 

 

 

 

 

 

家族葬と言っても、我が家3名、姉家族3名、父の兄の子1名、と母なので、非常に静かに式進行

 

 

 

 

 

 

 

会社秘書室から頂いた品々

やっぱこの世代は、ラガーよ

 

 

 

 

出棺

桐ヶ谷斎場へ

 

 

 

 

うちの子が泣いていたのが印象的だった

 

に気づくほどに私は冷静で涙も出なかった

義理含め親が亡くなるのは初めてなのだが

写真もほとんど撮らなかった

親戚親の時の方が泣いたし撮った

 

 

 

なんだろう

カメラを通してじゃなくて、この目でちゃんと見たいと思ったのか

 

 

 

父がいない時間が始まった

 

 

母は、63年

私は、58年

いっしょにいたんだけど

 

 

実家に行っても父はいない

晩年、

ずっと座っていた椅子は変わらない位置にあるけど空席

腰を悪くして、2階から1階に移設したレンタルの介護ベッドは返却した

部屋は、応接セット復活で元通り

父が元気だった頃に戻った

だけど、父だけがいない

 

 

静かな時間

急にシーンとしたら辛いけど

元気だった時から寡黙な人だったので静かだったから

そこに変わりないのは救いか

 

 

 

 

わんこは一緒に生活してたから

亡くなると、日常すべてにいないことを実感するけど

父の場合

実家がとても近いとはいえ

同居していたわけではないので、実感感が低いのか

 

 

 

義理含め親が亡くなるのは初めてだが

死が絶対であることを理解してる

長すぎることはないけど短すぎるわけでもないから

納得しているのか

だから冷静なのか

 

 

 

ま、じわじわ来ると思うけど

どうにもできないのだから

受け入れるしかない

観念してる

 

 

 

私は、ほぼなんも考えないで生きてきた

 

結婚して家族ができて家と車を買ってカメラとMac買って

未だバイクに乗り続け、ずっと好きなことを仕事にしている

綿密な計画などなく、カネに執着せず、ほぼなんも考えずに生きてきた

 

 

 

 

しかし

やっと

ちゃんと考えて生きるべきか

 

 

 

 

58歳で

あと何年だろうか

父のように91歳までは生きられない

斎場最大サイズの骨壷が満杯になるほどに

焼け残った、お骨が多いのは珍しいと言われた

 

 

 

20年で78歳

ま、でも、今更、変えられないから

少しはちゃんと考えるけど

ほぼ、なにも考えずに生きることになるだろう

そのくらいがちょうどいいのでは、と思う

 

 

 

さあ、

次は、

公共料金とか年金とか健康保険とか名義変更とか口座変更とか

黒塗りのお位牌、卒塔婆、墓石に刻む手配、、、四十九日、、

それが終わったら相続、、まだまだ忙しい